お知らせ

セキララ会議~となりの白血病サバイバー~

白血病になり、移植手術をした患者さんがセキララに語る、その名も「セキララ会議」。

実は、移植を終えてからも自分の体との闘いは続きます。そんな闘いをしている「白血病サバイバー」の皆さんが教えてくれた、移植後にあった様々なハナシ。あなたの身のまわりにもいるかもしれない移植経験者のコト、考えてみませんか。

このページは、広報誌「BANK!BANK!」のVOL.6(4月号)に掲載した内容を、誌面に収まらなかった内容も追加して再編集しています。

メンバー



小畑さん(30代)写真左
  • 15歳で白血病を発症
  • 骨髄バンクでドナーが見つかり、17歳で移植
  • 現在の職業:環境改善ビジネスの企業の役員

  • 宇賀治さん(20代)写真中央
  • 9歳で白血病を発症
  • 家族・骨髄バンクともにドナーが見つからず、11歳で自家幹細胞移植(自分の細胞を保存しておいてまた体に戻す治療法)
  • 現在の職業:看護師

  • 光江さん(30代)写真右
  • 33歳で白血病を発症
  • 弟とHLA(白血球など全身の細胞にある型)が一致し、34歳で移植
  • 現在の職業:システムエンジニア
  • 同じ白血病でも事情はいろいろ



    宇賀治:私は9歳のときに急性骨髄性白血病を発症して、骨髄バンクに患者登録したのですが、待てども待てどもドナーが見つかりませんでした。その間、抗がん剤で治療を続けながら、自家幹細胞移植をやってみようということで11歳のときに移植をしましたが、生着(血液を造る力が回復)しなくて。結局、抗がん剤で寛解(症状が落ち着いて安定した状態)に至りました。

    小畑:私は15歳で急性リンパ性白血病を発症しました。私の場合は幸い骨髄バンクに登録して3か月でドナーが見つかりました。フィラデルフィア染色体陽性の急性リンパ性白血病という予後が悪いタイプにもかかわらず、非血縁者からの移植で移植後18年たった今もこうして生きています。
    光江:私は33歳で急性骨髄性白血病になりました。発症した当時は、病気について知らなかったので、内出血が多かったり血が止まらなかったりする症状を「何だろう?」と思っていました。病院に行って、白血病の診断を受けた翌日に肺から出血を起こして倒れたり、抗がん剤治療で髪が抜けたりして、そのときはショックでしたね。抗がん剤治療で寛解になったのですが、1年後に再発してしまいました。私の場合は研究が進んでいて薬も充実しているタイプだったので、また抗がん剤治療で寛解まで至ったのですが、それでも骨髄移植をしたほうがよいと言われました。幸い弟とHLAが一致したので、弟から末梢血幹細胞移植を受けました。
    宇賀治:今は告知されるのが普通ですが、私は寛解して1〜2年経ってから白血病だったことを知りました。そのときは何とも言えない複雑な思いでした。

    光江:10歳くらいですものね。

    小畑:時代背景もありますよね。私も15歳で入院したときは、白血病とは聞かされていませんでした。今は年齢に応じた告知の仕方も進んできていると思いますし、移植の方法も違いますよね。私が移植を受けたときは、頭から全身消毒液に浸かって完全に隔離された無菌室に入りました。4週間ベッドの上だけで過ごし、食事も1個1個滅菌処理されて圧縮されているものが運ばれてきて。
    宇賀治:食事は必ず電子レンジで3分チンでした。梅干が爆発して食べられなかったこともありました(笑)。

    小畑:歯を磨くときも水の勢いだけですしね。

    光江:えっ。私のときは普通に歯を磨けましたよ。これは技術が進歩したということですか。
    小畑:少なくとも環境は変化していますよね。今は空気清浄を徹底的にやって無菌室にできますけど、私が入院したときは壁全面を機械で覆って無菌室にしていました。ベッドから降りちゃいけなくて、物も自分で取っちゃダメだし。本なども無菌室に持ち込むときは全部圧縮されてくるのでパリパリになるんです。

    宇賀治:本のパリパリわかります。滅菌処理されるんですよね。表紙がめくれちゃってて「何の本なんだろう?」と思うほどでした。

    光江:私のときは、消毒はしましたが本は持って入れました。時代によって全然違いますね。
    宇賀治:私は6か月くらい準無菌室で母親と過ごしていたんですが、隣は大人の患者さんで、大部屋に出てからも周りは高齢の患者さんばかりでした。小児病棟に移れたときは、具合が悪くても同世代の友だちと仲良く一緒に遊んだりできて、自分だけじゃないという安心感があり、心の支えでしたね。

    小畑:私は最初から小児科だったので、同世代が多かったですね。別の大学病院に入院していた時は他の病気の子ともいろいろな話ができました。みんな大変な経験をしているので共感を持てましたし、戦友というか、同世代といると毎日が楽しかったですね。そういう環境の方が治療のモチベーションも上がると思います。

    病気と闘う若者がいることを知って応援してほしい


    宇賀治:私は看護学校を卒業後、子どもの専門病院に就職しました。でも肺炎を併発していて肺を一部取ったり、脾臓(ひぞう)を取ったりしているので、ちょっと疲れるとすぐ熱が出たりして体力的につらくて。今は転職して内科クリニックに勤務しています。

    小畑:実際、大変なのは体力ですよね。僕も移植後に肺炎にかかって、今も右肺が機能しないんです。当時は11本も点滴をしながら40度以上の熱でもうろうとして、70kgから48 kgまでやせてしまって体力が回復するまでに時間がかかりました。
    光江:私は社会人になってから白血病になりましたが、移植の1年後に白血病が再発してまた休職しなければならなくなったときも、職場の人には「大丈夫だよ」と快く言ってもらえました。傷病手当なども会社側からすぐに手続きしてくれましたし、社長や同僚もお見舞いにきてくれて。みんなに感謝しています。

    宇賀治:すごくいい会社ですね。私は転職するときにいくつか面接を受けたのですが、白血病だったことを言うと働けないと思われるのではないかと感じて、言うかどうか悩みました。
    小畑:僕もアルバイトの面接に行くとき、薬の副作用で顔がパンパンになっていたので、まず見た目で落とされました。雇ってくれるところもあったんですが、病気というと周りの視線が違いますよね。

    光江:確かにそんな空気はありますよね。私も職場復帰してこの1年は体調不良で1〜2週間休んだりしたのですが、周りはどう思っているのかなと気になりました。理解がある職場とはいえ、社内には病気のことを知らない人もいるので、今自分から発信するかというと悩みますね。
    小畑:僕自身は、いつも全然隠さずオープンにしていました。障害者枠で就職した会社の人は理解があって、病気のことを知りながら冗談のネタにし合えるような雰囲気がよかったです。

    光江:やっぱり言うほうがいいのかなあ。去年からテニスを始めて、そこでも言ったらみんながどう対応してくるのか不安で、まだ言えないんですよね。

    小畑:実は周りも「踏み込んじゃいけないんじゃないかな」と思っているかもしれないし、こちらが軽く伝えれば、病気のことを話しても構わないんだなって思ってくれるかも。


    宇賀治:私は最近、どういう反応がくるかなと思いつつ、周囲に「白血病だったんですよね」ってニヤニヤしながらカミングアウトしまして(笑)。「そうなんだ。でも治ったならいいじゃん」って普通に接してくれたことがうれしかったです。

    小畑:それ、たぶんニヤニヤ効果ですよ(笑)。

    宇賀治:高校生のときには「手術のあと?全然きれいじゃん」と理解してくれる友だちもいて、すごくうれしかったです。理解してくれる人は必ずいるし、病気の経験も全て大切。だから今、闘病中の人もあきらめずに進んでほしいです。


    小畑:すごいいい友だち。病気になったからこそ、人の優しさもわかりますよね。私も病気にならなかったら、得られなかったご縁がたくさんありますし、人に対しての考え方も、ものの見方もがらっと変わり、日常の一つひとつの出来事のありがたみを痛感しました。つらい経験をしたからこそ得るものはすごくありましたね。一瞬一瞬が大切。だから楽しく生きたいです。

    宇賀治:病気をしたから出会えた人とのつながりは本当に貴重だと思います。私もつらい経験をしたことで、このくらいなら頑張れるっていう自分のモチベーションになっている気がします。
    光江:周りの人にもすごく感謝しますよね。私の場合、弟とHLAがぴったり合ったということも。本当にミラクルです。(兄弟姉妹の間ではHLAが完全にあったドナーが4分の1の確率で見つかります。)

    小畑:まさに「生かされて」いますよね。病気はかからない方がもちろんいいですが、アメリカでは病気にかかると貴重な体験ができてよかったねと、「おめでとう」というそうです。まさにその通り。絶対に身になっていますからね。

    光江:絶対なっていますよ。でも、世の中の病気に対する理解ももっと必要だと思います。私は理解ある会社でよかったですが、やはりがんになったら仕事を辞めてしまう人もいると思うので。
    宇賀治:私は治療中、骨髄バンクに患者登録したんですが、HLAが一致するドナーが見つかってもコーディネートの途中で終了して移植までいけないこともあって、何度も心がくじけました。ドナー登録するだけでもいいし、1人でも多く協力してほしいです。本当は自分がドナーになりたいけれど、移植や輸血を受けた人はなれないから。

    小畑:今は毎年70万人ががんにかかるといわれて身近になりましたけれど、幅広く理解してもらうには、社会的にも若いがん患者を支える法整備をするなど、根本的な解決をめざすべきだと思います。病気と闘っている若い世代をもっと応援してほしいですね。

    メッセージ募集中


    セキララ会議をご覧いただいて考えたこと・感じたことなど、メッセージを「BANK!BANK!」専用ページで募集しています。お送りいただいたメッセージは、広報誌やウェブページ制作の参考とさせていただきます。